*第1 ポイント 餅塚(上の原公園・緑区遺産)
指令①【探す】《ここはモチヅカ? モチヅカを探せ!》
🎙 フラタモリ風ミニ解説
ここは「餅塚」と呼ばれる場所です。
昔は塚の上に小さな祠がありました。
祠が古くなったあと、昭和60 年(1985 年)に地元の人たちが今の石碑を建てました。
石碑には「十日市場地区土地関係萬霊大供養」と刻まれ、土地に関わった人々を大切に思い手を合わせる気
持ちがこめられています。
「餅塚」の名前は、昔このあたりで老婆が餅を売っていたという話が由来とも言われます。
一方で、この近くには、昔、処刑が行われていた場所があったとも伝えられています。
罪をおかした人たちが、ここを通って歩いた坂は、「泣坂(なきざか)」 と呼ばれていました。
だからこの場所は、うれしい思い出だけでなく、かなしい思いも、たくさん重なってきた場所 なのです。
今でも、このまわりの木を切ったり、手入れをするときには、きちんとおはらいをしてから行われています。
春になると、ここは桜がとてもきれいに咲く場所になります。
いろいろな気持ちを受け止めてきた場所だからこそ、
今は、静かで、きれいな場所として守られているのかもしれません。
*第2 ポイント いぶき野第4 公園(休憩ポイント)
指令②【チャレンジ/なりきり】《かいだんぜんぶでなんだん?みんなでかぞえてみよう》
このいぶき野第4公園には階段がいくつかあります。全部で何段あるかな?
🎙 フラタモリ風ミニ解説
ここは いぶき野第四公園 です。
この公園は、1974 年 に完成した下⾧津田土地区画整理事業 によって生まれました。
土地区画整理というのは、田んぼや畑、道の形を整えて、人がくらしやすい町をつくる工事 のことです。
この町づくりは、青葉台や、たまプラーザ と同じように、東急による開発の一環 として行われました。
でも、この公園は、遠くから来る人のためではなく、ここに住む人たちが、毎日使うための公園 です。
子どもが遊び、大人が休み、みんなが集まる。
この公園は、この町でくらす人たちのために作られた、地域に根ざした公園 なのです。
*第3 ポイント 岩川堰(緑区遺産)
🎙 フラタモリ風ミニ解説
岩川は、東名高速の横浜町田IC 付近からの湧き水が、いくつもの地域を流れて恩田川に注ぎます。
昔、田んぼは岩川の両側に広がり、川の水は田んぼに水を流すために使われました。
さらに水車にも使われ、明治45 年(1912 年)ごろから複数の水車が作られました。
岩川堰は大正12 年(1923 年)の関東大震災で大破しましたが、
助成金と地元の出資で大正15 年(1926 年)にコンクリート堰へ改修。
今は堰としては使われていませんが、改修の記録が記念碑に残っています。
指令③【探す+体で表す/スケッチOK】《水がくらしを動かした証拠を見つけろ!》
周りを見て **「水を使うための工夫っぽい形」**を2 つ探す
余裕があれば:川・田んぼ・水車を簡単スケッチ(記号でもOK)
*第4 ポイント 旧大山道と神奈川道 分岐の道標(緑区遺産)
指令④【読む・選ぶチャレンジ】《この石は、むかしの人にとって何の役目をしていたのか、かんがえてみよ!》
石をよく見て **「文字/向き/形」**で気づいたことを3 つ言う
右に行く人/左に行く人に分かれて立つ
「なぜそっち?」を一言で発表(正解なし)
🎙 フラタモリ風ミニ解説
ここは旧大山道と神奈川道が分かれる場所。
江戸時代在銘の石仏があり、台石に「向テ右リ かな川 左 みそノ口」と刻まれています。
昔の人にとっては、道を案内する 交通標識の役目でした。
*第5 ポイント 下宿常夜燈(緑区遺産)
🎙 フラタモリ風ミニ解説
江戸時代、大山参りが盛んになり、⾧津田は宿場町として栄えました。
旅館や食べ物屋などが並び、多くの旅人でにぎわいました。
宿場町の入口には常夜燈があり、たどり着いた旅人を迎えるための灯りがともされました。
*第6 ポイント 上宿常夜燈(大石神社内・緑区遺産)
🎙 フラタモリ風ミニ解説
上宿常夜燈(大石神社内)には、火事が起きないようにという願いがこめられています。
下宿常夜燈とあわせて2 基の常夜燈は、地域の歴史を伝えるものとして大切にされています。
*第7 ポイント(最終) 御野立落鴈(緑区遺産)
🎙 フラタモリ風ミニ解説
大正10 年(1921 年)、皇太子殿下(後の昭和天皇)が陸軍大演習を統監するため、この場所にお立ちになりました。
記念に松が植えられ、その後約7m の碑が建てられました。
ここは周囲の街並みを一望できる見晴らしの良い場所。
「落鴈」は、雁が空から舞い降りるような美しい景色を表す言葉です。
最終指令【見渡す・まとめる/スケッチOK】《見渡しミッション》
「高い/低い/遠い」ものを1 つずつ見つけて指差し発表
そのあと今日いちばん心に残った場所と理由を一言
余裕があれば:景色の簡単スケッチ(丸・線でOK)
*全体の流れ(答えがつながるまとめ)
⾧津田というのは大山街道の宿場町であり、その後、JR と東急の駅もできて、高速道路のIC もでき、
今も昔も交通の要所であり続けています。
いぶき野や⾧津田みなみ台等の土地区画整理事業もあり住む人も増えた。
だから ⾧津田は、人が集まる町になった。
お疲れ様でした。
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